被災地支援の報告(後編)

ヘルパーステーションの栗島です。

前回、令和6年 能登半島地震の被災地支援の報告をしましたが、今回は続きをご報告させていただきます。

4月20日(土)に石川県輪島市門前道下の「グループホームもんぜん楓の家」で被災地支援を開始。
初日の夜勤は、お互いに活動初日の2人が担当することになりました。利用者の名前もわからない、トイレに行く利用者にどこまでお手伝いすればいいかわからない。質問しようにも一緒に活動する人も今日が初日でわからない…。バタバタして気づけば翌朝の7時になっていました。
4月21日(日)2回目の夜勤をしました。初日よりは要領を得て、仮眠をとることもできました。

上記の写真は私が使ったベットです。段ボールで出来ているとは思えないくらいぐっすり眠ることができました。施設の水道は復旧していましたが、食事や入浴に使う水と、トイレの水は別になっていました。トイレの水は川からくみ上げていて、流れる水は茶色っぽい色でした。

4月22日(月)はお休み。輪島朝市に行き、被災状況を確認しました。

4月23日(火)、4月24日(水)も夜勤を担当しました。今回のパートナーは初めての活動だったので、私が主担当として夜勤をしました。仮眠の時間も予定どおり取れました。
初めての夜勤で不安もありましたが、すべて夜勤だったので生活のリズムはつかめたように感じます。

4月25日(木)朝7時に夜勤を終え、約8時間かけて大阪に帰ってきました。
今回の被災地支援では、貴重な体験をすることができました。施設のみなさん、現地で一緒に活動したみなさんありがとうございました。

大阪でも「阪神淡路大震災」「大阪北部地震」と大きな地震を体験しています。日本のどこにいてもいつ地震が起こってもおかしくない状況とも言われています。今回の被災地支援で実際に見て、学んだことを豊中市社会福祉協議会ヘルパーステーションでも活かせればと思います。

被災地の復興がすすみ、一日も早く日常の生活に戻ることをお祈り申し上げます。

被災地支援の報告(前編)

こんにちは。ヘルパーステーション栗島です。

ボランティアネットワークからの依頼で、令和6年 能登半島地震の被災地支援に行ってきました。
今回は社会福祉施設等に対する介護職員等の派遣で、介護職員として「グループホームもんぜん楓の家」のお手伝いに行きました。

4月20日(土)
8:30に自宅を出発し、新大阪駅からサンダーバードに乗って敦賀まで行きました。そこから新幹線つるぎに乗り金沢まで行き、さらに乗り換えをして13:30に羽咋に到着。

羽咋からは車で移動。能登半島地震がおきてから4カ月近くになりますが、崩れた家屋がそのままの状態でした。普通に生活している人の隣の家は倒壊しているという、地震の生々しい爪痕を目の当たりに生活されている方の心中を思うと胸が痛くなります。

16:00 輪島市門前町道下の「グループホームもんぜん楓の家」に到着。
施設の方から、部屋の割り当てや引継ぎを受けました。施設で働いている人も被災者で施設は深刻な人手不足、働く人は疲弊し大変な状態とのことです。初の活動は施設の利用者さんの夕食の介助。私が担当するのは夜勤とは聞いていましたが、なんと今日が活動初日の方と2人とのこと!どきどきの夜勤が開始となりました。(後編に続く)