能登半島地震 被災地支援(後編)

こんにちは。管理グループの田中です。
前半に続き、被災地支援2日目の様子を報告します。

宿泊した金沢市を朝6時半に出発し、輪島市に向かいました。
輪島市門前町にある特別養護老人ホームゆきわりそうに行き、夏祭りを開催しました。
「たこやき」「流しそうめん」「わたがし」「射的」「コイン落とし」「ヨーヨー釣り」「盆踊り」と盛りだくさんのメニューでにぎわいました。豊中市社会福祉施設連絡会の方々がメニューの企画・準備をしてくださり、一緒に参加した学生ボランティアさんはすてきな浴衣姿で盆踊りを披露しました。

職員は各コーナーに分かれて夏祭り開始。たこ焼きコーナーでは8台のたこ焼き機がフル稼働しました。

施設の職員と利用者さんに各お店をまわってもらい、最後は盆踊りの「炭坑節」を見ていただきました。

次は輪島市社協 災害助け合いセンターに行き、ボランティア活動を体験しました。
オリエンテーションを受けた後、依頼者のお宅へ行き、タンスや鏡台、レンジ台、冷蔵庫などの運び出しをしました。

輪島市は震災から半年たった今も倒壊した家屋がたくさんあり、断水している地域もあります。

能登半島地震はテレビや新聞で多くの情報を得たが、現地で実際に見るのとでは大きな違いを感じました。崩壊した家を見た時、住人の安否を思い胸が締め付けられる思いがしました。今回の貴重な体験を業務や日々の生活に活かしたいと思います。現地でお会いした方、一緒に活動したみなさんありがとうございました。
今回の移動は車で砂場次長が運転をしてくれました。大阪を出発し金沢市→内灘町→金沢市→輪島市→大阪と走行距離は約880km!本当にお疲れさまでした。

能登半島地震 被災地支援(前編)

こんにちは。管理グループ田中です。
暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?
暑さに負けず、7月20日(土)~21日(日)能登半島地震 被災地支援に行ってきました。
今回の被災地支援の参加者は在宅福祉課 砂場次長、中央包括支援センター井口さん、松澤さん、管理グループ 田中で、豊中社協本部の職員とボランティアさんと一緒に活動しました。
移動は新幹線チームと車チームにわかれ、私たちは車チームで移動しました。

初日は、金沢市のいしかわ総合スポーツセンターの1.5次避難所を見学しました。

スポーツセンターにはトレーニングルームやプールがあり、サブアリーナにパーテーションで仕切られた個室がならんでいました。避難生活を続ける高齢者の方々が過ごされていました。

次に内灘町の被災状況の確認に行きました。
液状化被害の大きかった内灘町は、同じ方向に傾いた電柱と隆起した地面に立つと自分が傾いているのか、景色が傾いているのかわからない感じでした。被災建築物の判定を受け、「危険」「要注意」の貼り紙のついた建物がたくさんありました。判定ステッカーが貼られた家に住んでいる人もおられました。

今日は金沢市に戻り宿泊します。
明日は輪島市に行きます。報告は後編に続きます。

夏本番

蝉の声が賑やかになってきました。いよいよ梅雨明けですね。

子どものころは夏休みが楽しみでしたが、今の子どもも変わらないと思います。

もう、何度も耳にされていると思いますが、年々気温が上昇し、日中は35度を超える日も珍しくありません。水分を小まめに摂り、涼しい部屋でお過ごしください。

「そんなに暑く感じない」というのは曲者で、以前に比べ感覚が鈍くなっていることにより感じなくなっているだけで、実際には気付かないうちにダメージを受けています。油断大敵です。

あ、蝉に抜け殻を庭で見つけました。

虹!

こんにちは、ヘルパーステーション栗島です。

今日はとってもいい天気ですね。
去年の梅雨入りは5月でしたが、今年は6月になってもまだ梅雨入りしませんね。
5月は大雨の日が多かったですね。ヘルパーのお仕事で雨の日は、移動時の交通安全に注意し、さらに濡れた状態で利用者さんの家に入ることがないように注意を払います。
大雨の日に訪問業務から帰って来たヘルパーさんから、「夕方に雨が上がり、今とてもきれいな虹が出ていますよ」と聞き、外に出ると事務所の上にきれいな虹が出ていました。

6月中旬ごろには近畿地方も梅雨入りするとの予報が出ています。
雨にも負けず、低気圧にも負けず、ヘルパー一同がんばります!

一緒に頑張ってくれるヘルパーさんを募集中です。
詳しい情報を知りたい方は ↑↑↑ クリックしてくださいね。

被災地支援の報告(後編)

ヘルパーステーションの栗島です。

前回、令和6年 能登半島地震の被災地支援の報告をしましたが、今回は続きをご報告させていただきます。

4月20日(土)に石川県輪島市門前道下の「グループホームもんぜん楓の家」で被災地支援を開始。
初日の夜勤は、お互いに活動初日の2人が担当することになりました。利用者の名前もわからない、トイレに行く利用者にどこまでお手伝いすればいいかわからない。質問しようにも一緒に活動する人も今日が初日でわからない…。バタバタして気づけば翌朝の7時になっていました。
4月21日(日)2回目の夜勤をしました。初日よりは要領を得て、仮眠をとることもできました。

上記の写真は私が使ったベットです。段ボールで出来ているとは思えないくらいぐっすり眠ることができました。施設の水道は復旧していましたが、食事や入浴に使う水と、トイレの水は別になっていました。トイレの水は川からくみ上げていて、流れる水は茶色っぽい色でした。

4月22日(月)はお休み。輪島朝市に行き、被災状況を確認しました。

4月23日(火)、4月24日(水)も夜勤を担当しました。今回のパートナーは初めての活動だったので、私が主担当として夜勤をしました。仮眠の時間も予定どおり取れました。
初めての夜勤で不安もありましたが、すべて夜勤だったので生活のリズムはつかめたように感じます。

4月25日(木)朝7時に夜勤を終え、約8時間かけて大阪に帰ってきました。
今回の被災地支援では、貴重な体験をすることができました。施設のみなさん、現地で一緒に活動したみなさんありがとうございました。

大阪でも「阪神淡路大震災」「大阪北部地震」と大きな地震を体験しています。日本のどこにいてもいつ地震が起こってもおかしくない状況とも言われています。今回の被災地支援で実際に見て、学んだことを豊中市社会福祉協議会ヘルパーステーションでも活かせればと思います。

被災地の復興がすすみ、一日も早く日常の生活に戻ることをお祈り申し上げます。

被災地支援の報告(前編)

こんにちは。ヘルパーステーション栗島です。

ボランティアネットワークからの依頼で、令和6年 能登半島地震の被災地支援に行ってきました。
今回は社会福祉施設等に対する介護職員等の派遣で、介護職員として「グループホームもんぜん楓の家」のお手伝いに行きました。

4月20日(土)
8:30に自宅を出発し、新大阪駅からサンダーバードに乗って敦賀まで行きました。そこから新幹線つるぎに乗り金沢まで行き、さらに乗り換えをして13:30に羽咋に到着。

羽咋からは車で移動。能登半島地震がおきてから4カ月近くになりますが、崩れた家屋がそのままの状態でした。普通に生活している人の隣の家は倒壊しているという、地震の生々しい爪痕を目の当たりに生活されている方の心中を思うと胸が痛くなります。

16:00 輪島市門前町道下の「グループホームもんぜん楓の家」に到着。
施設の方から、部屋の割り当てや引継ぎを受けました。施設で働いている人も被災者で施設は深刻な人手不足、働く人は疲弊し大変な状態とのことです。初の活動は施設の利用者さんの夕食の介助。私が担当するのは夜勤とは聞いていましたが、なんと今日が活動初日の方と2人とのこと!どきどきの夜勤が開始となりました。(後編に続く)